特別な日も、
日常もともに。
小田原の〝和菓子〟で、
歴史と文化を感じよう。

栄月菓子舗

ちょっとしたおもたせに、特別な日の贈答品に、自身や親しい人との憩いの時間に、〝和菓子〟を買われる方も多いかと思います。
そんなとき、まちにこだわりの「和菓子屋さん」が点在しているのも、城下町・小田原の心強いところ。
今回は、そんな小田原の〝和菓子〟について、紹介したいと思います。

〝茶の湯〟文化が研ぎ澄ました、和菓子の魅力。

小田原と和菓子について考えるとき、まず切っても切りはなせないのが〝茶の湯〟文化の存在。
天正16年、千利休の弟子である茶人・山上宗二が小田原を訪れて秘伝の書を伝授したことから、その文化は広まったといわれています。
幕末には、茶の湯を好んだ城主・大久保氏によって菓子職人は商人の中でも優遇。多くの優れた菓子匠が小田原に集まってきたそうです。
明治維新以降は、茶の湯を嗜んでいた大名や豪商、寺院が力を失ったことで、その文化も勢いを落としていきましたが、明治後期は「利休以来の大茶人」といわれた益田鈍翁など〝新しい茶の湯のあり方〟を志す人々も現れ、再び熱を帯びていきました。
その鈍翁が板橋に別邸を構えたことをきっかけに、多くの実業家や政治家、軍人も小田原に居住するようになり、いわゆる〝別邸文化〟とともに、近代の茶の湯文化も花開いていったのです。
そうした茶会の場を舞台に和菓子の魅力も研ぎ澄まされ、まちなかにも多くの和菓子店が軒を連ねるようになっていきました。
昭和に入り、鈍翁が他界、太平洋戦争が勃発。
茶の湯文化も停滞せざるを得ませんでしたが、終戦後の昭和21年、「小田原三茶人」(うち1人は鈍翁)といわれたうちの1人、松永耳庵が板橋に居を構えたことから再興。
昭和46年に耳庵が他界した後も、小田原の地に受け継がれる文化として息づいています。

まちの人にとっても親しい存在だった和菓子。

そんな和菓子を愛したのは、もちろん、茶人や特別な人たちだけではありません。
まちなかに溶け込むように佇む和菓子のお店は、決して大仰に構えることなく、息抜きのおともに、友人へのおもたせにと、まちの人にとっても親しい存在としてあり続けてきました。
けれど職人の心は忘れず、ひとつひとつ丁寧に真摯につくられる、こだわりの品。
外観は通り過ぎてしまいそうなくらいひっそりとありながら、どこか懐かしいような印象と、変わらぬ信頼を与え続けています。

伊勢屋

伊勢屋

伊勢屋

昭和10年創業の「伊勢屋」は、ハイシーズンには観光客が列をなすこともある、地元でおなじみの和菓子屋さん。
日持ちさせるための添加物などはできるだけ使用しないのがこだわりで、お店の代名詞ともいえる豆大福やおだんごは今も変わらぬ味を誇ります。
休業していた戦時中を越え、3代にわたって東海道沿いの同じ場所で営業を続けている老舗です。
栄月菓子舗

栄月菓子舗

知る人ぞ知るまちの和菓子屋さんといえるのが、緑町駅近くの「栄月菓子舗」。
昭和27年創業の、こちらも3代にわたる老舗。
上生菓子から、あんこやコーヒー、チーズ味などバリエーション豊富などら焼き、各種定番和菓子まで、多様なラインナップ。
地域密着ながら、和菓子好きな人がこぞってその名前をあげる、隠れた名店です。

栄月菓子舗

よりわかりやすく、気軽に、広く。

何より、観光地であり、商人のまちでもある小田原。
歴史を大切にしつつ、より現代の人にもわかりやすく、もっと気軽に手にすることのできる商品へと、さまざまな創意工夫もされてきました。
ときに歴史と味わいが凝縮されたお土産品として、ときに菓子匠のこだわりを今に伝える贈答品として、ときに誰でも買える普段使いの菓子として…それぞれのシーンに応えるかたちでも、広く認知されていったのです。

ういろう

ういろう
小田原土産といえば誰もが思い浮かべるのが、銘菓「ういろう」。
栄養薬だった黒砂糖を米粉と練り蒸したものが原点という一見羊羹のような棹菓子は、もちもちした食感と身体に優しい甘みが特徴の、小田原ならではの味。
今も店内には、〝薬〟と〝菓子〟という2種の「ういろう」が並び、それぞれ求める人のニーズに応えると同時に、まちの歴史とともに歩んできた空気感も伝えています。

ういろう

右京

かつて別邸が立ち並び、茶の湯や和菓子のメッカであった南町に、平成6年にオープンしたのが「右京」。
日本料理のお店として知られていますが、実は隣に和菓子のお店も併設。
神奈川県指定銘菓である「御幸の浜」をはじめとした棹菓子や、上生菓子、贈答用の詰め合わせなど、特別な日にもぴったりの上品な和菓子が数多く揃えられています。
右京
右京
菜の花

菜の花

地元で気軽に買える和菓子屋として、誰もが名前をあげるのが「菜の花」。
温泉まんじゅう「箱根のお月さま」などヒット商品は数知れない、いわずとしれた人気店です。
実はその母体は明治38年創業の老舗和菓子店「光栄堂」。
伝統の味に裏打ちされた、けれどカジュアルでキャッチーな商品群は、年齢問わず多くの人に日々のお菓子として利用され、喜ばれています。

菜の花

ただの城下町文化にとどまらない、小田原ならではの発展をとげてきた〝和菓子〟カルチャー。
茶の湯の歴史、匠の技術、商人の目。
何より、まちの人の生活とともにあったことが嬉しい限りです。
まちを歩くとさりげなくお城やお堀があるのと同じように、さりげなく和菓子のお店がある。
そんな暮らしの中のひそかな豊かさを味わってみるのはいかがでしょうか。
次回は、続けて、最近の小田原のおもたせの愉しみ方についても紹介させていただけたらと思います。

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