【共立栄町マンション】「海よし、山よし、天気よし」を満喫!
好アクセス拠点〝小田原〟ではじめる、心地いい暮らし。

「海よし、山よし、天気よし」。
明治時代に、斎藤緑雨(小説家・評論家)が小田原を言い表した言葉です。
海と山に囲まれた温暖なまち・小田原は、城下町としても名高く、東海道箱根越えの玄関口でもあったことから〝観光〟や〝商業〟のまちとして、その環境から〝木工業〟〝漁業〟〝水産加工業〟のまちとして、交通が発展してからは、多くの政財界・文化人が集った〝文化〟のまちとして…キーワードを拾い集めればキリがない程、多くの要素を内包して発展してきました。
最近では、都心へのアクセスのよさがより注目され、都内へ通勤する人の新たな居住地として、もう一つの拠点としてと、人気を集めていましたが、コロナ禍のリモートワークの広がりもあって、豊かな自然環境の中で働く〝ワーケーション〟の地としても認識されてきています。
今回は、そんな小田原のまちの中心部にある「共立栄町マンション」の紹介と、小田原での〝快適で心地よい暮らし〟について案内したいと思います。

歴史を感じさせる商店の数々が、今も現役でそこかしこに。

小田原の歴史あるメインストリート「銀座通り」と、〝手代(てだい)町〟と呼ばれた風情ある小道に挟まれるように建っている同マンション。
「銀座通り」は、昔は卸問屋兼小売店などが立ち並んでいたといわれる、商業の中心地。
江戸時代の北条氏最盛期である氏康の頃、関八州(関東八カ国)の職人の仕事をさばいていた職人頭・須藤惣左衛門の屋敷があったことから、〝須藤(すとう)町〟と呼ばれていました。
老舗や旧家が多いエリアでもあり、観光スポットとしても人気の『江嶋』(日本茶販売店)や『だるま』(日本料理店)、町人の生活や営みを支えてきた『梅月』(お惣菜店)や『折五四商店』(折箱店)など、歴史を感じさせる商店の数々が、今も現役の存在としてそこかしこに佇んでいます。

小田原の〝ど真ん中〟に暮らす醍醐味。

マンション脇の〝手代町〟はというと、打って変わって昔の面影を今も残す、雰囲気ある路地。
呉服店や、染めものをする〝紺屋〟が多かった場所といわれています。
この道を駅方面に行くと、オシャレな珈琲店『BLEU COFFEE STAND&BAR』や各種医院が集まっているエリア。つきあたりを左に曲がると、もう駅前ゾーン。飲食店や商業施設、金融機関などが並ぶ繁華街に入っていきます。
ちなみに、つきあたりを右に曲がってマンション方面に戻ってくると、老舗かつおぶし店『久津間』や、古民家カフェ『nico cafe』も。
歩くルートを選ぶことで、便利さも歴史もゆったりした気分も楽しめるのです。
駅まで歩いて5分程度、海までも10分ちょっとという、快適さと生活の豊かさ、心地よさ。
小田原の〝ど真ん中〟に暮らす醍醐味です。

まちなかにありつつ
閑静な住宅地にある一戸建てのような暮らし。

そのマンションはというと、いわゆる〝メゾネット〟スタイル。
マンションの1室でありながら、吹き抜けのリビングを囲むように1階部分と2階部分があり、部屋数は全部で3部屋+予備室が1室。総面積は115.82㎡に及びます。
小田原ではなかなか見ることのない、ゆとりある広さと間取り。
また、まちなかにあるとはいえ、非対面を好む時代のニーズにも、〝宅配ボックス〟や〝TVモニタホン〟の完備で応えています。
何といっても1番のポイントが、最上階である11階にあるということ。
東西南北各方向に設置された窓からは、あらゆる角度の小田原の眺望を楽しむことができます。
勿論まちの喧騒も最上階までは届いてこず、まるで閑静な住宅地にある一戸建てのような感覚で、穏やかに静かに日々を送ることができます。

「海よし、山よし、天気よし」を、現代の小田原で。

一方で、城下町・小田原の特色ともいえるのが、一年を通しての、お祭りや催事、イベントの多さ。
武者行列やパレードがまちを練り歩く「北條五代祭り」、小田原中のお神輿がまち中を行き交う「松原神社例大祭」を、その中心から楽しむことができ、夏には、部屋にいたままベランダや窓越しに、空に打ち上がる花火を堪能することもできます。
都心への好アクセス、便利なまちの環境、山や海の豊かな自然、築いてきた歴史や文化、最上階からの眺望とゆとりある生活。
明治の時代に斎藤緑雨が言った「海よし、山よし、天気よし」を、現代の小田原で、体感してみてはいかがでしょうか。

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