「本」を目的に、
「本」を傍らに。
歴史とともに歩んできた
〝小田原「本」カルチャー〟。

本を持ち寄っての読書会(会場:南十字)

小田原ゆかりの文学の展示を見ることができる「小田原文学館」(南町)。

明治以降、多くの文学者が訪れ、居を構え、物語の舞台にもなった小田原。
「本」とは縁の深い土地でもあります。
それは文学という角度からだけでなく、戦前は〝教育〟の道標として、戦後は〝文化〟への憧れや〝再生〟の象徴として、現代では〝生活〟の要素として…時代時代の、希望や楽しみのようなものを、小田原の人たちは「本」に見出してきたのです。
近年では、イベントなどの新たな試みも行われるようになり、その可能性はさらにひろがりつつあります。
今回は、そんな小田原と本の歩みについて、紹介していきたいと思います。

戦前、巻き起こった「本」のムーブメント

報徳二宮神社(城内)
戦前の小田原にとって、「本」は〝知識の象徴〟でした。
今ももちろんそういった面はありますが、全国でもまだ人々が本に触れる機会の少なかった時代、その貴重さは現代の比ではありません。
そんな全国のどこよりも先駆けて、かの伊藤博文が「小田原に図書館を」と提案したのは、明治23年のことでした。
提案自体はコレラ病の蔓延等で立ち消えとなってしまいましたが、以降、小田原に〝図書館ムーブメント〟が巻き起こったといわれています。

明治35年には、小田原の小学校に「図書部」が設置。
明治40年には、報徳二宮神社に会員用の「報徳文庫」が設立。
大正2年には、一丁田町(現在の国際通り周辺)に「辻村文庫」が設立、その数年後には敷地内に「小田原商工補習学校」(県立小田原城東高校の前身)も新設。〝学校を備えた図書館〟が誕生しました。

公立施設としても、大正5年に、現城山中学校近くに「足柄下郡立図書館」が設立。
建物自体は関東大震災で倒壊してしまいましたが、昭和8年には、現二の丸観光案内所の場所に「小田原町立図書館」として移譲。

じわじわと、小田原のまちに本の灯が灯っていったのです。

まちに「本」が戻ってきた

けれど時代は戦争へと突入。
長い年月を経て、ようやく終戦を迎えました。
小田原に訪れた〝戦後〟。
少しずつ、まちなかにも「本」の気配が戻ってきました。

戦時下、行政から取り壊し休業の指導を受けていた(空襲による延焼を避けるため)「平井書店」は、バラックの建物で営業を再開。
翌々年には、20坪の店舗から新たなスタートを切りました。
現在の「平井書店」(栄町)
一方、元小田原市民会館本館の場所には「横浜アメリカ文化センター小田原分館」が誕生。
GHQ民間情報教育局によって建てられた、英語の原書や雑誌などを揃えた施設です。
かまぼこ型平屋の外観から「かまぼこ図書館」または「アメリカ図書館」と呼ばれ、小田原の人たちが海外文化に触れる場ともなりました。
今でいうイベントのようなものも開催され、詩の朗読会なども開かれたといわれています。

そして昭和34年には、小田原城跡内に「星崎記念館」が開館。
1階部分を「児童文化館」として、2・3階に「小田原市立図書館」が移転。
当時の本格的図書館建設ブームの先駆けといわれ、全国的にも規模が大きく、非常に立派な図書館と大きな注目をあびました。
令和2年の閉館までの期間、地域の多くの人たちに親しまれ、活用され、小田原の「本」文化を底支えしていきました。

「本」のある生活を支えて

時代は移り、経済の発展とともに、少しずつ小田原の風景も変化していきました。
東海道新幹線や西湘バイパスの開通、近隣町との合併、新町名の制定、小田原駅や鴨宮駅前の広場の整備…
生活環境としてまちが整えられていく中で、「本」はいよいよ暮らしの中で欠かせない要素、ごく自然な存在となっていきました。
南鴨宮の住宅エリアに「小田原市立かもめ図書館」(現「小田原市立中央図書館」)が誕生したのは、そんな平成6年のこと。

「小田原市立かもめ図書館」(現「小田原市立中央図書館」)

「小田原市立かもめ図書館」(現「小田原市立中央図書館」)

約9100㎡の敷地、延べ床面積5660㎡、3階建ての、圧倒的なゆとり空間。
光の差し込む開放的な館内は、読書や学習環境としても心地よく、子供から学生、大人まで、幅広い世代の人たちの居場所としても機能しました。
また令和2年には、「星崎記念館」からの移転というかたちで、商業施設・ミナカ小田原の中に「小田原市立小田原駅東口図書館」も開館。
小田原駅連結という利便性もさることながら、展示スペースでの多彩な企画展の開催や、親子で本を読める空間づくり、ルーペや老眼鏡、筆談ボード、拡大読書器、車椅子の用意など、真摯なサポートで〝本のある生活〟を支え、信頼を集めています。

新しい「本」の楽しみ方、ひろがる可能性

「まちなか本箱」開催の様子(平井書店駐車場)

けれど、もともとは民間のムーブメントからはじまった、小田原の「本」活。
まちの本を愛する人たちも大人しくはしていません。

歴史をさかのぼっても、大小含めて多くの本にまつわる活動がされてきたと思いますが、ここ近年で特に印象的だったのは、「小田原ブックマーケット」や「まちなか本箱」など、本に特化したイベントではないでしょうか。
どちらもいわゆる〝一箱本市〟のかたちですが、「小田原ブックマーケット」は、まちのスポットをお店としてめぐりつつマーケットを楽しむ〝広範囲〟スタイル、「まちなか本箱」は、前出の平井書店の駐車場に出店したお店(個人含む)の店主や本との出会いを楽しむ〝一箇所集中〟スタイル。
これらの企画によって、小田原に新しい本の楽しみ方がひろがっていったのです。

風鯨社発行書籍「ボイジャーに伝えて(著:駒沢敏器)」

そしてまた、最近の「本」に関するトピックで一番インパクトが大きいのは、出版社「風鯨社」の創業かもしれません。
本離れがいわれて久しく、出版社も厳しい状況といわれている令和の時代に、あえて「今生きているこの世界を楽しむための本を届ける」と舵を切りました。
現在までに4冊の書籍を刊行、全国にその想いを届けています。

翌年には、同社の代表も共同経営となっているセレクトブックショップ「南十字」も開業。
既存の書店のイメージにとらわれない、本を楽しむことに注力した空間、こだわりの選書、トークイベント、アート展示、ライブ企画等々…新しい感性で本の魅力を日々伝えています。

「南十字」でのアート展示の様子

「南十字」でのライブイベントの様子

公にも、まちなかにも、今も小田原らしい「本」カルチャーが点在しています。
ときには「本」を目的に、施設やお店を訪れ、ときには「本」を傍らに、まちをめぐり、小田原の「本」愛を体感してみてはいかがでしょうか。

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