【南町】
ギュッと小田原の
歴史と文化がつまってて、
〝新しく〟も動いてるまち

『南町』のメインストリート〝西海子小路〟


『南町』というと、趣があるけれど、お屋敷の建ち並ぶような、少し敷居の高い印象もある、独特のエリアに感じるかもしれません。
けれど最近は、その環境の良さから、若いファミリー層や単身者にも注目される、人気のまちにもなりつつあるのです。

ギュッと小田原の歴史と文化がつまっていて、かつ、最近では〝新しい動き〟も起こりつつある、人気のまち『南町』を、今回は紹介したいと思います。

小田原城の〝南側の町〟

小田原のシンボル・小田原城の、いわゆる〝南側の町〟である、『南町』。
南北は、国の登録有形文化財「清閑亭(旧・黒田長成別邸)」のある天神山丘陵から、国道1号線(旧東海道)を挟んで、同じく登録有形文化財「小田原文学館(旧・田中光顕別邸)」などのある平地まで。東西は、その文学館の前を走る〝西海子小路〟の区間と、その西側、135号線にぶつかるまでのエリアです。

全体的に、どこか落ち着きのある、静かなイメージの住宅街。
小田原城のごく近くであること、また〝歴史あるまちなみを活かす〟という意味からも、建物の高さや色合い、広告物の掲示制限など、景観維持のための指定が多いのが、通常の住宅街にはない特徴かもしれません。
けれど、それがまた、『南町』の、ある種の〝特別感〟を醸し出すような魅力になっています。
 

歴史から見た『南町』
神社仏閣、小田原用水、旧東海道
…そして〝別邸文化〟!

歴史を紐解くと、おそらくそれだけで分厚い冊子ができてしまうくらい、語る内容に事欠かないまちでもある『南町』。

北条氏の頃からの神社仏閣、長らく生活用水としてまちの一部だった〝小田原用水〟、そして、江戸時代には〝旧東海道〟としての整備もされました。
けれど、何といっても、明治以降に花ひらいた〝別邸文化〟と呼ばれるムーブメントが、このまちの雰囲気の源と言えるのではないでしょうか。

明治20年以降の鉄道の開通ラッシュにより、日本中の政財界の名士が、こぞってこの地に別邸を建てていきました。
彼らによって、〝別邸文化〟を語る上で切り離せない〈茶の湯〉の文化が、いっきに『南町』を舞台にひろがっていったのです。
 
「旧松本剛吉別邸」
「清閑亭(旧・黒田長成別邸)」
「小田原文学館(旧・田中光顕別邸)」
「清閑亭(旧・黒田長成別邸)」

〈茶の湯〉文化が『南町』に残した、たくさんのもの

〝利休以来の大茶人〟と言われた三井物産初代社長・益田孝(鈍翁)や、元内閣総理大臣の山縣有朋なども、『南町』に隣接する板橋に居を構えました。
以降、多くの名士が両エリアに別邸を建てるようになり、同時に〝茶人文化〟も盛り上がっていったのです。

その文化が『南町』に残したものは多く、特に茶菓子文化の発達によって、一時期『南町』にはたくさんの菓子店が軒を連ねたそうです。

もちろん、茶人たちは庭づくりへのこだわりも強く、優れた造園技術による名邸園も多く誕生しました。
現在も常に鑑賞できる邸園は少ないものの、それぞれのお屋敷の塀越しには美しい樹木が姿を見せ、面影を感じることができます。

また、それらの邸園の茶室は、今もお茶会などの文化活動が行われることも多く、小田原の〈茶の湯〉の舞台としてもあり続けているのです。
 
「旧松本剛吉別邸」茶室
「旧松本剛吉別邸」茶室
「清閑亭(旧・黒田長成別邸)」邸園

〝まちの歴史〟が〝まちの風景〟をかたちづくる

とはいえ、今ここに住んでいるすべての人が、茶人というわけでも、歴史的建造物に住んでいるわけでもありません。

現在ここにいる人たちにとっての、『南町』の魅力とは?

ある人は「西海子小路の桜並木の美しさに圧倒されて、ここに住みたいと思った」と言い、
ある人は「建物が低くて、いつでも空が見える。散歩が楽しい」と言います。

〝西海子小路〟の桜並木

〝西海子小路〟は、小田原でも有数の桜の名所。
昭和初期には既にその名を轟かせていましたが、戦時下で「目立つから」と一度撤去され、戦後また植え直されたというストーリーを持つ、『南町』の人たちの思いのつまっている、美しい道です。

また、『南町』の特徴である〝建物の低さ〟も、神社仏閣や武家屋敷などの歴史をベースに、景観を維持するための枠組みが整備されていった、という背景からのもの。

『南町』の〝まちの歴史〟が〝まちの風景〟をかたちづくっていき、それが、今の人たちの琴線に触れる魅力となっているのかもしれません。

新しい波は、幼稚園のママさんたちから!
〝マルシェ〟からうまれたつながりが育むコミュニティ

「おだワクマルシェのパンたくさんマルシェ」(大久寺にて、2022年6月開催/写真提供:おだワクマルシェ)

そんな『南町』の新しい波が、エリア内の幼稚園のママさんたちが中心になって動き出した、「おだワクマルシェ」です。

コロナ禍ということもあり、いわゆる街なかのマルシェではない、〝オンラインマルシェ〟というスタイルでスタートした「おだワクマルシェ」。
ネット上の会場に地域のお店や生産者さんの商品を掲載して、注文を募り、まちの会場(お店など)で品物を受け取るという、新しいかたちのマルシェとして注目を集めました。

この「おだワクマルシェ」をきっかけに、南町を行き交う人たちの新しいつながりがひろがっていき、新たなコミュニティが形成しはじめられています。

2年目に入った今は、ハイブリッドの可能性も感じつつ、どちらかというと、リアルなまちのマルシェの方をメインに開催。
とはいえ、その会場は、『南町』の歴史的風致形成建造物「旧松本剛吉別邸」や、近隣エリアの歴史あるお寺「大久寺」など、地域の〝らしい〟スポット。
これからも、スタイルにはあまりこだわりすぎず、別の企画も展開しながら、都度、色々とチャレンジしていく予定だそうです。

「おだワクマルシェのパンたくさんマルシェ」(大久寺にて、2022年6月開催/写真提供:おだワクマルシェ)
「おだワクマルシェのパンたくさんマルシェ」(大久寺にて、2022年6月開催/写真提供:おだワクマルシェ)

歴史と文化がかたちづくる、特別な生活空間
過去〜現在〜未来の〝小田原らしさ〟がつまってる

観光で訪れる人も多い『南町』。
けれど、観光スポットを訪れても、開放されているお屋敷を見学しても、見聞き知ることができるのは、おそらくその一部分。
それぞれの時代の人や文化が残してきたものがかたちとなって、今も息づき、かつ新しく動こうとする人たちも行き交っている…ひとことでは言い表せない、〝独特〟で〝特別〟なエリアなのです。
しいていえば、過去〜現在〜未来の〝小田原らしさ〟がつまっている生活空間、と言えるかもしれません。

ぜひ一度、『南町』を歩いてみて、建物、道、街並み、この空気を体感してみてはいかがでしょうか。

 
〝西海子小路〟
「小田原文学館(旧・田中光顕別邸)」邸園

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