【旧東海道(小田原宿)】
新店ラッシュが続く〝旅する街道〟は、のびのびとした
「誰が来てもいい」場所

小田原の中でも海沿いを走る、東京と京都をつなぐ歴史的街道《旧東海道》(小田原宿あたり)について、どういう印象をお持ちでしょうか?
かつては難所・箱根越えの前の〝東の玄関口〟として栄えていた、名高い宿場町。
近世には町人町として整理され、道を囲む町々の、漁業由来の産業の発展や、別邸文化の広がりなどもあって、その影響を受けつつ時を刻んできました。
とはいえ、今はたくさんの車が行き交っている、ごく一般的な道。
道自体として、ひとことで言えるような特色はなかったように思います。
そんな中、ここ1〜2年で目立ってきたのが、道沿いに立て続けにオープンしている、いくつかのお店群。
カフェやアトリエなど、そのジャンルこそ違えど、どこか独特で個性的お店の数々は、洗練された雰囲気がありつつも、排他的ということもなく、それぞれの世界観と距離感でまちに溶け込み、地域の人や観光客を含めたお客さんたちともナチュラルに交流しています。
そのお店同士に横のつながりがあるのも、意外な特徴。
駅前や市街地とはひと味違う、歴史ある〝旅する街道〟の、最近のムーブメントともいえる空気感について、今回は紹介したいと思います。

「それぞれの違いはあれど、どっかでつながってたみたいな感じはある」
/ アトリエ&ショップ『二十三屋(はたみや)』露木祥子さん

浜町エリアに、ガラス作家・露木祥子さんがアトリエ&ショップ「二十三屋(はたみや)」をオープンさせたのが、2020年の12月。
もともと同じ場所でセレクト雑貨店をやっていた知人からの紹介でした。
前からそのお店に通っていたことで、立地にも馴染みがあり、また、やりたい内容と店舗の規模感もマッチしていたことから、ここでの開業を決意。
とはいえ、物件は2階建ての1戸建て。
アトリエとショップを1人で切り盛りする場合、1階でほぼ用が足りてしまいます。
2階のスペースをどう活用するか?
頭を悩ませていた頃、顔見知りだった藤田真古さんがアロマトリートメントのユニット「手箱」を始めることを知り、2階を〝間借り〟してもらうスタイルを提案。
とんとん拍子に話は進んでいきました。
当時は、藤田さんとそこまで親しくはなかったものの、「それぞれの違いはあれど、どっかでつながってたみたいな感じはある」と振り返ります。
「縁てそういうもんだなあと思って。つながる人はつながる」
1階と2階で全く異なることをしていることで、「ここで〝交わる〟感じがいい」とも。
トリートメントを受けに来たお客さんが「二十三屋」の作品に触れ、アクセサリーを見に来たお客さんが「手箱」の存在を知る。時には、お客さん同士で話がはずむことも。
「そういう、交流とか、動いてる感じが〝いい〟です」
露木さん(左)と藤田さん(右)、「二十三屋(はたみや)」店頭にて。

「どこからでも、ちょっと遠いけど行けない距離じゃない」
/ アロマトリートメント『手箱』藤田真古さん

「二十三屋」2階にある、「手箱」の施術ルーム。
その「二十三屋」の2階でアロマトリートメントをしているのが、「手箱」藤田真古さん。
箱根在住の藤田さんですが、2021年4月、「手箱」の活動をスタートさせるタイミングで、小田原での〝間借り〟スタイルを開始。
このエリアの印象については「昔からいる人と新しく来た人が、半分半分くらいいる」。
それは自身のお客さんの印象とも通じるもので、「この辺に住んでる方もいれば、湘南の方から来てくれる方、箱根の方もいます」。
まさに《旧東海道》沿いのメリットともいえる現象に、「どこからでも、ちょっと遠いけど行けない距離じゃない。箱根から来る時も、ここは〝小田原の入口〟なので」と藤田さん。
藤田さん自身が、週に数日の営業日は、箱根から車で《旧東海道》をやってきます。
「自分が通うのも、ちょっといいです。ずっと真っ直ぐ。どん、と来れる」
この辺りでの好きな過ごし方は、お気に入りの神社を詣でたり、周辺のカフェに行くこと。
道沿いのカフェ「EVERGREEN」の斉藤さんとは、時期は違えど箱根での勤務先が同じだったりと、不思議な縁も感じます。
そんな藤田さんが常に意識しているのが、〝自分を満たすためにどうするか〟ということ。
今の場所も気に入ってはいますが、ずっと居続けることに特にこだわってはいません。
「一度きりの人生だから、行きたいところに行きたい」
そんな〝旅人モード〟が、むしろ、藤田さんがこの街道を心地よく感じる理由なのかもしれません。
お客さんを道路挟んで向かいの「REAUREAUCAFE」に案内する藤田さん。

「東京じゃ味わえないような〝ウエルカム感〟。
それを、みなさんが醸し出してくれてる」
/ カフェ『EVERGREEN』斉藤華苗さん

「EVERGREEN」外観(写真提供:EVERGREEN)
その「EVERGREEN」のオーナー・斉藤華苗さんが、本町エリアにお店を出したのも、2021年の4月。
後方に松原神社や宮小路のまち、前方にかまぼこ通りや海があるという、観光的にも絶好のポジション。
けれど、最初からそういったことを意識していた訳ではありませんでした。
「駅前じゃなく、駅から徒歩15分圏内くらいの場所がよかったんです」
〝そこにあるから入る〟お店ではなく、〝そこに行きたい〟と思ったお客さんが、あえて目指して来てくれるお店であるように。
とはいえ、その距離にリスクがあることも承知していました。
「雨や嵐の日はどうなるのかな…と思ってましたが、割と嵐でも近所の方が来てくれて」
いざオープンしてみると、結果として、お客さんの9割は地元の人でした。
それは、斉藤さんが望んでいたことでもありました。
もともと小田原出身の斉藤さんですが、「何もないと思って、小田原を出て」、箱根や東京や軽井沢など、色々なところで接客業や飲食業を経験。
「帰ってきたら、小田原の食材、人…魅力的なものがいっぱいあったんです」
〝小田原の人に地元の魅力を知ってもらいたい〟
その思いが、開業の動機になりました。
それは周りに想定以上に受け入れられることにもなり、斉藤さん自身も驚いています。
「東京じゃ味わえないような〝ウエルカム感〟なんです。それを、みなさんが醸し出してくれてる」
今の状態がとてもいい、と話す斉藤さん。
「このペースでこのままいけたらいいな、と思ってます」
地元の食材を使用した「EVERGREEN」のメニュー。(写真提供:EVERGREEN)

「〝地元感〟がめっちゃ生まれたんです。
新しくできた施設が、浮いてないのがすごい」
/ スイーツ製造販売『REAUREAUCAFE 青浜店』具志堅みかさん

「二十三屋」の道を挟んで向かいの路地に、具志堅みかさんが、スイーツ製造販売の「REAUREAUCAFE 青浜店」をオープンしたのは、2021年の8月。
ここも、2階建て1戸建ての建物をシェアするかたち。
2階はデザイン会社「ノスリ舎」の事務所として、「REAUREAUCAFE」は、週に数日、1階の和室と台所を使用するスタイルで稼働しています。
地元の兵庫や、ご主人の赴任先のイギリスやシンガポールで、菓子職人としての経験を積んできた具志堅さん、小田原に移住してからは、イベント出店、シェアキッチン、カフェへのスイーツ提供などをしていましたが、〝お店〟を構えるのは今回が初めて。
世界各地、各スタイルで活動してきた具志堅さんから見た、このエリアの特徴は、「お客さん、住んでる人の品がいい」ということ。
人情味のある雰囲気は、どこか下町風にも感じられるものの、「信頼してくれて、お世話してくれる。その〝お世話〟が、押しつけがましくない人たちが多い」のだそう。
今までは同世代のお客さんが多かったという「REAUREAUCAFE」ですが、ここに来てからは、年齢層自体は少し上がったそう。
「でも、好奇心がすごい高い感じ」
周囲にオープンし続けている施設にも、「みんなが行ってる」と具志堅さん。
「新しくできた施設が、浮いてないのがすごい」
具志堅さん自身、オフタイムに周りのカフェなどに行く機会が増えたそう。
「今までは小田原でお茶なんてしなかった。でも、そうじゃないなって。もともと住んでるところみたいに、しゃべりに行ってます。こっちに来て〝地元感〟がめっちゃ生まれたんです」
「REAUREAUCAFE」外観
1階の和室が「REAUREAUCAFE」の販売スペース。

「本店に立ち寄ったついで、小田原城のついで、御幸の浜のついで。
ついでのお店になれば」
/干物カフェ『himono stand hayase』早瀬広海さん

早瀬さん(右)、「himono stand hayase」店内にて。左は奥さんのノーイさん。
老舗干物店「早瀬のひもの」の5代目・早瀬広海さんが、本町エリアに、創業以来初の飲食店「himono stand hayase」をオープンしたのは、2021年の11月。
他のお店のオーナーとは違い、ここが生まれ育ったエリアでもある早瀬さん。
とはいえ、馴染みがあるから選んだ訳ではなく、「観光客ならどう動くか」を想像しました。
駅→小田原城→海の導線内にある立地は、〝1番人が来る場所〟と狙いを定めたのです。
本店が徒歩圏内にあるエリアにしたのも、「あえて」。
「この辺で干物を買うなら早瀬とhayaseしかないな、じゃあhayaseに行くか、みたいな(笑)」
冗談めかしつつも、きちんと戦略立てての開店。
「本店に立ち寄ったついで、小田原城のついで、御幸の浜のついで。ついでのお店になれば」
実際に、土日はほぼ観光客ばかり。
小田原城側から交差点を渡ると目に入ってくる、干物屋らしからぬオシャレな雰囲気に、若い観光客たちがふらりと入ってきます。
逆に、平日は、地元の人が昼食や夕食の前に使うことが多いそう。
比率でいえば半々。それは想定内でした。
旅が好きで、全国各地で干物を売る「旅する干物屋」の活動もしていた早瀬さん、お店には、〝観光客と地元の人が気軽にしゃべれるような場所に〟というイメージも持っています。
休日は、海にずっといるような過ごし方がお気に入り。
頭をゼロにしたい時は、《旧東海道》を車を走らせて、箱根の金時山に行くこともあるそう。
「小さい頃から、遊びに行くのも海か山か川か、みたいなチョイス。のびのび感はありますね」
店内より、道行く人と話す早瀬さん。

「『ここに合う本屋のかたちって何だろう?』ってなった時、
〝ひらけてる〟感じかなと」
/セレクトブックショップ『南十字』鈴木美咲さん

成川さん(左)、鈴木さん(中央)、剣持さん(右)、開業準備中の「南十字」店頭にて。
そして今、南町の、老舗桶屋「桶辰」さんの建物を借りるかたちで、開店準備を進めているのが、セレクトブックショップの「南十字」。
正確には、〝新刊と古本を扱う、ブックカフェ要素もある書店〟。
デザイナーであり出版社「風鯨社」代表でもある鈴木美咲さんと、WEBディレクターの剣持貴志さん、広告代理店勤務の傍らFMおだわらで番組も持つ成川勇也さん、高校時代からの友人3名での共同運営です。
「3人とも本に関わる仕事をしてきた訳じゃないけど、それぞれ別の仕事をしてるので、得意分野があるからこそのお店づくりができるんじゃないかなと」
本は、3人の選書をベースに、〝南十字以外の外部の人の選書〟〝一箱本棚〟などの展開も予定。
まちの書店としては珍しい夜の時間帯の営業、読書会などのイベントも…と構想は広がります。
もともと、大家である桶辰さんにも「この辺りは夜は灯りがついていないから、ついてると嬉しい」という思いがあったといいます。
とはいえ、この物件に出会う前、鈴木さんの頭にあったのは、シンプルな〝出版社の倉庫件本屋さん〟でした。たまたまここに巡り合ったことで、一からコンセプトを考え直すことに。
「『ここに合う本屋のかたちって何だろう?』ってなった時、〝ひらけてる〟感じかなと。ガラス張りだし。ひらかないと」
〝ひらけてる〟といっても、いわゆるコミュニティ風ではなく、「全然知らない人がふらっと入ってきて、新しい価値観に出会って、ひと息つけるような、ひらかれた場所」。
道を挟んで向かいの楽器店「まほらま」のオーナーが弟さん、道沿いの「EVERGREEN」の斉藤さんは同級生、他にも友人知人のたくさんいる立地だったことにも、不思議な縁を感じています。
「私もここかあ、みたいな。引っ張られてる感じ」
また、エリアの〝文化度の高さ〟も、鈴木さんには気になるところ。
「こういう場所がひとつできるだけで、実は自分も本が好きで…とか、呼び水のように出てくるんじゃないかなって。そこから、また新しい何かが生まれたりしたら楽しいです」
店内から望む《旧東海道》の風景。

町々の文化や風土よりも、もっと軽やかな、
〝通り抜ける〟ような空気感。

隣接する町々にも、それぞれの文化や風土がありますが、道である《旧東海道》に感じるのは、それよりもっと軽やかな、〝通り抜ける〟ような空気感でした。
それは〝旅する街道〟として歴史を紡いできた場所ならではの、懐の深さかもしれません。
箱根から、東京から、国外から、はたまた地元から、縁あってやってきた人たちが、抵抗なくお店を開いて、のびのびと作業し、やりたいことを展開して、「どうかな?」と道ゆく人を眺めているようなイメージ。
そしてその、異世界から持ち込まれたような新鮮で洗練された雰囲気は、道ゆく観光客だけではなく、まちの人たちの感性と好奇心も刺激して、新たな交流も生まれていきます。
その輪が、駅前とも市街地とも違う、独特で個性的でゆとりある空気感へと、つながっているのかもしれません。

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