【and SEA】
老舗・マツシタ靴店の
新しい一歩のテーマは、
〝海〟と〝コミュニティ〟

店主・松下善彦さん(マツシタ靴店仮店舗前にて)

小田原の〈海に向かう道〉

小田原駅前の大きな道をひたすら進むと〝海〟に着く…というのは、地元の人にはお馴染みだけれど、意外と知られていない事実。
商業施設の並ぶまちなかを通り、国道255号や国道1号(東海道)を、歴史的建造物、観光名所、生活の景色を眺めながらさらに進んでいくと、ゴールにはフォトジェニックな防潮扉。
そんな〈海に向かう道〉の真ん中に位置しているのが、創業大正7年の老舗・マツシタ靴店です。
小田原のファッションアイテムの代表格「ギョサン」で有名な靴屋さん。
現在は解体・新築工事のため、裏手の銀座通りの仮店舗で営業していますが、その建設中の建物の話も含めて、今まで歩んできた歴史や、まちとの関わり、小田原の〝海ライフ〟についてなどを、店主・松下善彦さんにうかがってきました。

漁業従事者用サンダルを
ファッションアイテム「ギョサン」に。

軍下で靴をつくる仕事をしていたという初代の技術を活かして、西洋革靴の製造販売店として創業した「マツシタ靴店」。
お客さんの木型づくりからはじまる〝オーダーメイドの靴店〟として、長い間、地域で親しまれてきました。
時代とともに営業形態は仕入れ販売へと変化しましたが、その歴史上のターニングポイントとなるのが、4代目である現店主・松下さんと「ギョサン」との出会いでした。
きっかけは、ある飲み会に、小笠原地方で購入した漁業従事者用サンダル(=ギョサン)を履いてきた人がいたこと。
買い替えたくても小笠原まで行かないと買えないという話に、松下さんは強く興味を持ったといいます。
〝船の上で滑らない〟という実用面や、キャッチーなネーミングも含め、惹かれたと話します。
とはいえ、当時のギョサンはいわゆる業務用。
「俗にいう便所サンダルみたいな、茶系の色しかなかったんです」
けれど、「これに色をつけていったら面白いんじゃないか」と閃きました。
メーカーにお願いして、ブルー、ホワイト、ブラックの3色をつくってもらい、「まちなかでも履けます」と売り出したのです。
そしてその3色の「ギョサン」を販売し続けていくことで、徐々にメーカーとも仲良くなり、次第にもっと多くの色をつけて販売することも可能になっていきました。
「それで、やっとファッションアイテムとして認知されるようになった。やっと〝まち履き〟になったんです」

小田原ならではの〝海ライフ〟

そうした靴屋さん独特のカンとは別に、松下さんが「ギョサン」に惹かれた理由には、自身も小田原の海とともに暮らしてきた、という自負がありました。
小さい頃から釣りを楽しみ、20歳頃からはサーフィンもはじめたという松下さん。
今も波のいい日の朝は、車で20分ちょっとのサーフィンのメッカ・湯河原吉浜に行って波に乗り、戻ってからお子さんを学校に送り、開店と同時に店頭に立つ…というルーティーン。
「そういうライフスタイルができるのが、小田原のいいところですよね」
お店に来るお客さんも、海への行き帰りに立ち寄る人が多いのだそう。
「海遊びに行く前にギョサンを買っていってくれたり、海で流されちゃったーって帰りに寄ってくれたり(笑)」
小田原といえば〝歴史〟〝文化〟など様々なイメージがありますが、松下さんにとっては〝小田原=海〟といいます。
小さい頃から、釣りをし、焚き火をし、大切な遊び場だった〝海〟。
「ギョサン」がマツシタ靴店の代表商品となったのも、ごく自然な流れかもしれません。

たくさんの市(いち)で学んだ
〝地域コミュニティの重要さ〟

「軽トラ市」

また、松下さんの関わった活動で、小田原の人に印象深いのが「まちなか朝市」「軽トラ市」(ともに現在休止中)などの、商店街でのイベントではないでしょうか。
これらの活動を通して、松下さんは〝地域コミュニティの重要さ〟を学んだと話します。
「もともと、もっと小田原で横のつながりがほしいよねと話していたことが発端で」
「プチ朝市」の名前で、販売場所のない農家さんや創業したばかりの事業者さんなどを集めて〝市〟を開いたのがはじまりでした。
その後、運搬してきた軽トラでそのまま売ったらどうなるんだろう?という発想から「軽トラ市」がはじまり、近所の人たちの喜ぶ姿を見てより必要性を感じ、商店街で「まちなか朝市」を開催するようにもなったといいます。
また商店街に活気が戻ってきたことで、空き店舗に新たにお店が入り、空きビルに会社が入り…と、まちそのものも少しずつ変化していきました。

オシャレで都会的な空間と
〝コミュニティ〟〝海〟への思いの掛け算。

そんな松下さんが新たに建築している施設「and SEA」は、ひとことで言うと〝レジデンスを含むコミュニティベース〟。
今までなかったようなオシャレでとんがった外観は、小田原のまちでひときわ目立ちそうです。
「and」は〝人々をつなぐ場〟としての役割、「SEA」はもちろん〝海〟を指します。
特に、その〝海〟については、松下さんの思いはとまりません。
「小田原って海岸線を背負ってるけど、意外と海と戯れてるってあまりないじゃないですか。小田原は海が近いと知ってほしい。どんどん遊びに行ってほしい」
オシャレで都会的な空間と、松下さんらしい〝コミュニティ〟や〝海〟に対する熱い思いの掛け算。
これからどんな場がかたちづくられていくのか、今から楽しみです。
【and SEA】完成イメージ

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